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“復興五輪”という言葉 福島県民「まだ早い」…競技スタートも胸中複雑

スポニチアネックス - 7月22日(木) 5時30分

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(スポニチアネックス)

 福島県のあづま球場でソフトボール日本—オーストラリア戦がプレーボールした午前9時すぎ。ちょうど同じタイミングで、同県の浜通りにある新地町の釣師浜海水浴場で2年ぶりの海開き式典が行われていた。娘2人を連れて海水浴に来た郡山市在住の木村光昭さん(38)は「テレビで試合を少し見てから来ました」と笑顔。自身も高校時代にソフトボール部に所属。「福島で競技をやっていることが世界に発信されるのはいいこと」と、無観客ながら開催を喜んだ。
 この地区は東日本大震災で町内最大の被害に見舞われた。津波で地区内の全住宅(約160戸)が流失。犠牲者は30人以上で、町内119人の4分の1を占めた。
 釣師浜海水浴場の駐車場には、1本の旗がはためく。震災から立ち直ろうとする町のシンボル「復興フラッグ」だ。約7メートルの高さで潮風を受ける旗には「頑張ろう!新地」の文字。その周りを笑顔のイラストが囲んでいる。
 旗を管理する「リバイバルF」の川上照美さん(46)は、「復興五輪」の名目でスタートした東京五輪が始まったことに「破壊された場所を人が来られるような状態に戻すので精いっぱいだった。復興という言葉を使うのはまだ早い」と複雑な心境を明かした。川上さんは義理の祖母と愛猫3匹を津波で失った。自身も当時、滞在先の宮城県名取市から新地町に戻ってくる車中で津波に巻き込まれ、命からがら生還した。
 ソフトボールは仕事で見られなかったが、なでしこジャパンの初戦はテレビ観戦。「復興のための五輪だったらみんなが応援ムードになる。スポーツの力って凄く大きいと思う」。この5年間に人生をささげてきたアスリートへの応援は惜しまない。一方で、復興五輪という言葉が使われたことに「政治屋さんが言うとペラペラになる。我々のように傷ついた人間は、本心で言っているかは見抜けますから」と話し、疑問を呈した。
 「復興フラッグ」は、震災直後にガレキから見つかった日章旗を自衛隊員が希望のシンボルとして掲げながら救助活動にあたったことがはじまり。現在の旗は“4代目”になる。「震災を知らない子供たちにも震災のこと、そして旗の持つ物語を知ってほしい」と川上さん。復興五輪として始まった東京五輪は、どれだけ記憶の風化防止に役立てるのか問われていくことになる。

 

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