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「偉ぶらない人柄だった」 海部元首相死去 地元・愛知で惜しむ声

朝日新聞デジタル - 1月14日(金) 20時18分

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(朝日新聞デジタル)

 愛知県出身者として戦後初めて首相を務めた海部俊樹氏が91歳で死去した。29歳で初当選してから連続16回の当選を重ね、2005年の愛知万博誘致にも尽力した。水玉模様のネクタイがトレードマークの元首相の訃報(ふほう)に、各地で悼む声があがった。
 海部氏の地元、一宮市で洋菓子店を営む花岡正子さん(76)は「とにかく優しい先生だった。寂しい」と話した。移転前の店が、海部氏の事務所の近くにあり、家族がよくケーキを買いに訪れたという。花岡さんの夫が亡くなった際には、海部氏が店を訪れ、お悔やみの言葉をかけてくれたという。
 元後援会婦人部で海部氏を半世紀にわたって支えた一宮市の木村幹子さん(88)は、元秘書から死去の連絡を受けて、言葉を失ったという。海部氏が自民党から新進党、保守党などに移っても一貫して応援した。「不正が嫌いで、女だからといって馬鹿にしなかった先生が好きだった。肩書を持つ人には厳しく私たちには優しく、同じ目線に立って意見も聞いてくれた」と話した。
 名古屋市の河村たかし市長は衆院議員時代、海部氏が初代党首を務めた新進党などで活動を共にした。「ようご指導いただいた。本当に優しい人だった」と悼んだ。
 河村氏によると、名古屋市内にあった母親の実家と、海部氏の自宅が隣同士で、母と海部氏の姉が友人だった。それぞれ今は別の建物が立つが、河村氏が案内して一緒に訪れる約束をしていたという。1年ほど前に連絡したが、海部氏の体調が悪く面会できなかったという。「残念。お会いしたかったねえ、本当に」
 海部氏は1931年に名古屋市で生まれ、戦時中に愛知県平和村(現稲沢市)に疎開した。「私の政治の源流」と話したのが、母校の東海中学・高校(名古屋市東区)だ。在学中に弁論部を創設。主催した弁論大会は今も続き、大講堂には、当時から使われている演壇も残っている。
 同校の佐藤泰年校長(59)は「大会から多くの志ある若者が巣立っていった。海部さん自身、偉ぶらない人柄でもあった」。

 

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