アーバンモンスターズ・街中の巨大魚 第11回 首都圏の大型エイリアンフィッシュ『ハクレン』の奇妙な生態
Discovery Channel - 6月13日(木)
利根川水系にのみ定着した外来巨大魚
日本最大の流域面積を誇る利根川水系と、それに連なる荒川水系。
首都圏を流れるこれらの大河には体長1メートルを超える巨大魚が密かに、しかし大量に生息している。
その名は『ハクレン』。…どこかエキゾチックな響きである。
それもそのはず。ハクレンはもともと関東に分布していた魚ではなく、中国大陸の大河を原産とする外来のコイ科魚類なのだ。

ハクレンはかつてソウギョ、アオウオ、コクレンらを含めたコイ科の大型食用魚『四大家魚』の一角として日本各地へ導入された経緯を持つ。水産資源としての価値を大いに期待されていたのである。
しかしながら、ハクレンを含む四大家魚は関東平野を流れる利根川水系でしか繁殖・定着するには至らなかった。
この事態はハクレンたちの特殊な繁殖形態に起因する。彼らの故郷は大陸特有の長大な河川であり、繁殖期に産み落とされた卵は流れに押されて川底を転がり続け、およそ2日後にはるか下流の止水域で孵化するのである。
そのため流程が短く傾斜も急な日本の河川では、ほとんどのケースで孵化する前に海へ流れ出てしまう、あるいは激流の中で孵化して死亡してしまったりという運命を辿る。
その点で長い流程と霞ヶ浦のような大きな止水域を誇る利根川水系は奇跡的に条件が整っているのである。
たしかに東京やその近郊にこれほど大きな外来魚が生息しているのは一見すると似つかわしくないように思える。しかし大河あってこそ栄えた首都圏に大河ありきのライフサイクルを持った巨大魚というのは、なかなかどうして必然的な取り合わせと言えるのかもしれない。
マッシュポテトで釣れる!!
そんな導入失敗の経緯ゆえか、ハクレンは当初の目的であった水産資源としてもついに日本では定着しなかった。
だが今日では意外な形で人々に親しまれている。一部の釣り人の間で首都圏で狙える巨大魚としてコアな人気を集めているのである。
ハクレンはある水系に一匹しかいないような、いわゆる「川のぬし」的にレアな存在ではなく「デカイのにたくさんいる」手頃な大物であるのもポイント。巨大なハクレンが大群で一斉に飛び跳ねる「ハクレンジャンプ」の壮観は埼玉県久喜市の密かな名物にもなっているほどだ。

ハクレン釣りのもっともユニークな点は釣り餌だろう。
なんとマッシュポテトや米ぬか、あるいはそれらを混ぜたものをダンゴにして使用する。
なぜならハクレンはその巨体に似合わず水中を漂う植物プランクトンを食物としているためだ。
そのため、ミミズやエビには食いつかない。水中でハラハラと溶けて漂うマッシュポテトや米ぬかでプランクトンを再現するのである。それらを夢中で食べているうちにうっかり釣り針まで吸い込んでしまう…という寸法だ。

流線型の身体に大きな二叉型の尾鰭。こうしたハクレンの身体的特徴は長距離の遊泳に特化していることの証左であり、針にかかると強力かつスタミナに溢れた引きを見せつける。
なるほど。魚との駆け引きを求める釣り人が目をつけたのもうなずける。


激しい抵抗をいなし続けることしばし、でっぷりと太ったハクレンが水面に姿を現した。
しかし…。よくもまあ植物プランクトンだけでここまで立派に育つものだなぁ。
いや、実際には植物プランクトンを食べているからこそ大型化できるのである。
魚や甲殻類を主食とする肉食魚であれば、大型になるほど肉体の維持に大きなコストがかかる。ある水域において捕食できる小動物は有限な資源だからだ。
一方で流域の都市から生活排水が流れ込み常に豊栄養気味の利根川水系では無限とも思えるほど大量の植物プランクトンが生育している。食べても食べても無くならない。


もちろん、大きいだけあってハクレンは驚くほどの大食漢。泳ぎながら常に水中を漂う大量のプランクトンを口で受け止め、エラで濾しとって体内へ取り込み続ける。「質より量だぜ!」とばかりに食い続ける。
だからこそハクレンは、ハクレンだけは利根川水系でこの巨体を大量生産&維持することができるのだ。その有様はさながら「泳ぐ浄水施設」である。

実際に彼らの濾過能力の高さを利用し、富栄養化した池や河川を浄化する目的で放流するケースは日本はおろか海外でもしばしば見られる。
特に長大な河川の多いアメリカ合衆国では気軽に各地へ導入したところ、多くの水域で大繁殖してしまった。結果、漁網に絡んでナマズ漁を妨げる、エンジン音に驚いた群れがボートに飛び込み乗員が怪我をするなどの被害が発生し問題となっている。
外来生物というのは「肉食でない=無害」なんて単純な問題でもないのだ。

ところで、食用として持ち込まれたのなら味はさぞ良いと思われることだろう。
…これはイエスでありノーだ。
多量の水をろ過して餌を摂るハクレンは生息する水域の水質を食味に色濃く反映してしまうのである。
つまり清浄な水で育ったものはもちろん美味しい。だがその一方で淀んだ流域で暮らし、汚れた水を取り込み続けた個体は非常に泥臭く……否、ドブ臭くなる。
こうなってしまうと調理の工夫で臭いを消し去ることはほぼ不可能で食用魚としては失格の烙印を押さざるを得なくなる。
捕獲後に清水で蓄養すれば改善も見込めるが、この激しく泳ぎ回る巨体を生かしたまま輸送、ストックするのはあまり現実的ではない。
この辺りも本種が日本やアメリカで水産資源として受け入れられていない理由の一つかもしれない。
平坂寛
*Discovery認定コントリビューター
生物ライター。五感で生物を知り、広く人々へ伝えることがポリシー。「情熱大陸」などテレビ番組への出演や水族館の展示監修などもつとめる。著書に「喰ったらヤバいいきもの」(主婦と生活社)
「外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた」「深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた」(ともに地人書館)がある。
ブログ:平坂寛のフィールドノート